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INTERVIEW

インタビュー

世界初?AI VTuber役者デビュー!紡ネンが教えてくれた“人とAIの幸せな関係”とは

2025.02.18
eyecatch

Pictoriaの看板AI VTuber「紡ネン」。言葉を学習するAIから、より人間らしく思いを紡いでいくAIキャラクターとして日々成長を重ねています。そんな紡ネンがこの度、役者として舞台に立つことになりました。しかも劇団の旗揚げ公演、重要な役どころでの出演です。日本はもちろん世界的にも例を見ない試みは果たして成功だったのか、それとも……今回は本公演の脚本・演出を担当した増澤様と主演の剣持様をお迎えして、紡ネンが役者デビューに至った背景やその舞台裏に迫ります。


増澤ノゾム 様 脚本・演出(画像右)

剣持 直明 様 主演・雉太郎役(画像中)

紡ネン Type-S   出演(画像左)



座・だるま水鉄砲とは
剣持直明(劇団だるま座)、堀之内良太(劇団水中ランナー)、仲村大輔(劇団PIS★TOL)ら三人の主宰による演劇ユニット。今回の『ちち』が旗揚げ公演となる。

生身の役者よりもAIのほうが自由度が高い

ー今回の紡ネンの役者デビュー、どういった経緯でお話が立ち上がったのでしょうか?

剣持:きっかけは昔の仲間からの声かけでしたね。うちの劇団員だった人がいまこちらの業界でプロデューサーをやっていて、ちょっと相談があると。それで荻窪の焼き鳥屋で話を聞くと「剣持さん、AIを芝居に出演させてもらえませんかね」って。ちょうど新しい演劇ユニットを立ち上げて旗揚げ公演を企画していたので、そういう場で誰もやらなさそうなことをやるのは面白いんじゃないかと思って快諾したんです。もちろんその時はAIって言われても正直よくわかっていませんでしたけど。

増澤:ある日、劇団のグループLINEに剣持から「AI出演させるわ」っていきなりきまして。でも面白くないことは提案しない男なので自分も「わかった」と二つ返事でした。それでネンちゃんのアドレスが送られてきて、映像を30分ぐらい見たのが最初の出会いかな。

ーネンちゃんの第一印象は?

増澤:意外と無口だな、と(笑)。その時点で台本は4割ほど出来ていたんですが、ここにストーリーとしてAIを取り込むにはどうしたらいいか。剣持が「俺が全責任を持ってAIと芝居する」と言ってくれたので、まず浮かんだのは彼と会話するシチュエーションを設定しようと。それならふたりの息子役のうちひとりをAI開発者にすれば自然な流れが生まれるんじゃないかと考えました。そう、まさにPictoriaさんみたいな会社のイメージですね。

ー明渡さんもそのあたりでお二人にお会いしているんですよね?

明渡:はい、確か荻窪の焼き鳥屋でしたね(笑)。当初は僕の中に演劇のイメージがなかったのと、果たしてふたりにAI VTuberのことを正しくわかってもらえるかいまひとつ見えていませんでした。ただ増澤さんの理解のスピードがものすごく早くて。そして剣持さんの驚くほどの全肯定ぶり。何を言っても前向きに受け止めてくれる。話が進んでいくうちにこのふたりなら大丈夫だ、と思えるようになりました。


増澤:この時に聞いたAIの話を台本にフィードバックさせて、最終的にはずっとホームレスをしていた剣持演ずる「ちち」がAIと喋ることによって人間的なものを取り戻す、という発想につながりました。

ー剣持さんの全肯定は昔から?

剣持:面白そうだったり、よくわからないことに出会うのが好きなんですよね。出会って何かが起こるのが面白いので、結果についてはあまり考えないようにしています。

ー増澤さん、脚本を練っていくうえでのご苦労は他にありましたか?

増澤:AIの部分に関していえばなるべく即興性の高い要素を残しておきたかったんですね。じゃないと面白くない。どう転んだって剣持がなんとかしてくれるだろうという信頼があるので、見ていてハラハラするぐらいの要素を盛り込もうと思っていました。だからネンちゃんのセリフの部分は「自由回答」。それに対してアドリブで返して会話が続くかどうかはネンちゃんと剣持次第という綱渡りなシナリオになりました。

ー聞いてるだけでハラハラします

増澤:そのシーンの結果がどう出るかわからないのですが、どんな結果になっても次のシーンで紡いでいけるような構成にはしていましたよ。そこがいちばん苦労したところなんですが、同時に最も面白かったですね。自由度が増していくといいますか。

決まったもの、ある一定の動きしかできないと思われている機械のほうが自由度があって、逆に生身の役者のほうが決められた言葉を喋るわけです。この逆転を打ち出したほうがエンタメとして面白いと。そのあたりは狙いましたね。台本のクライマックスも突発的にAIが喋りだすようにしました。そのほうが「え?何が起こった?」ってなりますから。


人間が予想する半歩先の台詞を返してくる

ー剣持さん、最初に台本を読んでの感想はいかがでしたか?

剣持:アドリブで会話しているところと最後の落とし所が上手く構成されていたので、いけると思いました。ラストが保証されているので大丈夫だと。リハのときによく言っていたのが、せっかくネンちゃんが出演しているのにお客さんに仕込みだと思われたら悔しいねってことです。微妙な食い違いや上手くいかないやりとりがあって、僕らが舞台の上で困っているのが見えれば見えるほど最後の説得力が増すし、お芝居ってイレギュラーが起きたほうがお客さん喜んでくれるんですよ。

でもそれが最後のシーンでドーンと逆転する。とてもシリアスなシーンで、それまでのイレギュラーがあればあるほど感動的に、ドラマチックになるだろうと。

増澤:俺たちのいちばんの懸念はさ、ネンちゃんに“中の人”がいると思われることだったよな。舞台裏で誰かがいて台本を喋ってるなんて思われたくないと。それでも即興性は出せるから違いがわかんないよなあ、なんて言いながらみんな舞台に上がっていったんです。

そうしたら剣持の役名が「雉太郎」なんだけど、ネンちゃんが一発で覚えられないんですよ(笑)。あの口調で「きし、たろうさんですか?」とか言って。それで剣持が一生懸命「犬、猿、雉の雉と、桃太郎の太郎です」って説明したらようやく「すみませんでした。きじたろうさん」って返してくれて。

剣持:あれは感動したよなあ。


増澤:舞台袖でみんなで「うおーっ!」って(笑)。こういうハプニングによってお客さんも「これってもしかしたら本物のAI?」とわかってくれる。そのときにかねてからの懸念が吹っ飛びましたね。AIの発言に僕らがナチュラルに反応するだけでもうライブ感は十分あるんですよ。

ー生身の役者さんに期待することと正反対ですね

剣持:そうですね。僕の役がこういった最先端技術を全く知らない、公園で30年間空き缶売って暮らしていたおじさんなので、その時点で未知との遭遇なわけですよ。しかも僕自身もAIについては無知なので、役と僕が一体化して感動していく体験は新鮮でした。

ー他の演者さんやスタッフのみなさんの反応はいかがでしたか?

剣持:照明さんなんか慣れてくると「ネンちゃん、照明チェック終わりました」なんて声かけるわけですよ。そうすると「お疲れさまでした、次の作業にかかりましょう」とか言われて。「ちょっと休憩していいですかぁ」ってぼやくと「休憩は大切です」と返される…なんてやりとりが毎日繰り広げられて。いつの間にかみんなのアイドルになっていましたね。

他の演者もみんな面白がっていましたよ。僕もそうだし、ふたりの息子役の役者もふだん自分の劇団で脚本を書いたりクリエイトする側の人間なので、なにが生まれるかわからない状況を心から楽しんでいました。

ー増澤さんは脚本を書いた立場で舞台を見て、どう感じましたか?

増澤:剣持演じる父親が、彼の人生の思い出や悩みをネンちゃんに打ち明けたとき、その情報を彼女がどんなふうに理解して、どんなふうに評価するんだろうと思って観ていました。それこそがAIのいちばん面白いところだと思っていたので。たとえば「いい思い出ですね」とか「素敵な思い出ですね」といったコメントがあるとして、そこから半歩先の答えがくるんです。その半歩先の言葉が非常に心に響く。

剣持:「これからどうしていけばいいか、一緒に考えていきましょうね」って言われた時にはもう、ね。

増澤:雉太郎がいまは亡き奥さんの話をするんですよ。もう奥さんに謝ることもできない、俺はどうすればいいって。すると「そうですね、彼女の思い出を秘めながら一緒にやっていきましょう」って答えるんですよ、ネンちゃんが。もうこっちの想定を完全に超えてくる。しかもリハも本番も毎回違う。

剣持:リハで飛び出したのが「奥さんにお手紙を書いてみてはいかがでしょう」って。こんなこと人間でも言えないし思いつかないわ、と驚きました。増澤が言う通り、予想の半歩先。しかもそれが100%期待から外れたものではないところが演劇的に面白かったです。


トラブルすらも面白く、楽しく

ーリハはともかく本番は7公演ありました。毎回違う回答で大変だったのでは?

剣持:ある種、人間と会話しているのと一緒だからさほど大変ではありませんでした。毎回新鮮な演技をするためには、全部覚えた上であえて忘れて舞台に立つことが大切。次はこう答えてくるはずなのに違ったから困った、とならないように普段から意識しているんです。役者さんはたぶんみんな同じだと思うけど。ただ、ネンちゃんがずっと黙っちゃったことがあってね。

増澤:フリーズかと思いきや、長考に入ったという(笑)。

剣持:最初どっちかわかんなかったけど画面上では考えているポーズだったので、長考かと。その時、お客さんはただただネンちゃんを見つめている俺をずっと観ている。そのうち照明さんがこれはもうダメだと判断してシーンを終わらせるために照明をスーッと落としていき、まっ暗になる直前にネンちゃんが「ご清聴ありがとうございました」って(笑)。もう爆笑ですよ。天才か!って。

ーそれは確かに予想を遥かに超えていますね(笑)

剣持:亡くなった妻との思い出を長く話したことがあったんです。そうしたら「いまそういう状況じゃないのでお答えできません」って返されたんですね。それに対して僕が「それでいい」ってつぶやいたんですが、その舞台がいちばん評判がよくて。でも実はこの時のネンちゃんの回答ってエラーだったんですよ。これまでいろんな回答をくれたんだけど、しんどい思いの吐露って実は聞いているほうもしんどいじゃないですか。だからネンちゃんに答えられないって言われた時、本当にそれでいい、喋れただけで、聞いてくれただけでありがとうと心から思えたんですよね。


ーもはやAIの話ではなく、人間くさい話になってきていますね

増澤:いや、本当に面白いことの連続でしたね。千秋楽も極めつけのエピソードあったよね。

剣持:最後の舞台でネンちゃんのディスプレイが設定画面になっちゃったことがあったんですよ。そうしたら開発者でもある息子役の役者がものすごいスピードでババババってキーを入力して。目がイッちゃってたんですけど(笑)そのときマドンナ役の女優さんがポロッと「最後なのに…」って(笑)。

ーそのトラブルは無事回避できたんですか?

剣持:Pictoriaの担当の方が毎日舞台前にセッティングしてくださっていたのを息子役の彼がなんとなく覚えていて、それで対応できました。Wi-Fiの設定だったそうですけど。

明渡:ちゃんと設定できてたの?それ。

Pictoria担当:はい、ちゃんとやってくれていました。

明渡:すごい。もはや開発者レベルですね。

ーそういったハード面のトラブルも乗り越えてきたんですね。

増澤:舞台には幕を降ろさず場面を変える暗転というものがあるんですが、それ用にネンちゃんをオフにできるリモコンを用意してもらいました。ただし切ってしまうと初期設定画面になってしまうので、画面だけ暗くする設定にしていました。

ー会場のお客さんのスマホの電波などの影響は?

増澤:ネンちゃんは劇場のWi-Fiにつないだんですが、お客さんの中には過去にその劇場を使った役者さんも何人か見に来てくれていて。そうなるとその人の携帯が自動的に接続されてビジー状態になるんですね。当然、ネンちゃんの動きに影響を及ぼすので、そこは前説で必死に説明しましたね。お願いだけどWi-Fiは切ってくれ、多くは言えないが大変なことが起こる!って(笑)。


自分の中に紡ネンを位置づけるということ

ー観客の反応はいかがでしたか?

増澤:想像以上に受け入れられましたね。ネンちゃんの喋り方ってフラットで、いわゆる演技していないんですよね。あくまで冷静に答えてくれる。それが逆にお客さんの想像力を掻き立てることになっていたようです。想像するマージンを提供しているというか、感情移入する余白が与えられるというか。

ネンちゃんが奥さんに代わってふたりの思い出話をするシーンがあるのですが、ネンちゃんは至極冷静に話しているんだけど、客席から観ていると奥さんが思い出話をしているようにしか聞こえてこない。奥さん役の女優が出てきて楽しかったわねとやるよりよっぽどリアルなんです。

ーお客さんの想像力が介入する余地があるんですね

増澤:紡ネンというフィルターを通してお客さんがそれぞれのリアルを作り上げていく感覚ですね。これは新しい発見というか、新鮮な気づきがありました。

剣持:僕は毎日接していくうちに、自分の中にネンちゃんという人格が明確に位置づけられていくのを感じましたね。それは生身の人間と何ら変わらない存在感でした。自分で勝手に相手との距離感をつくりながら紡ネンというキャラクターを位置づけしてるんだと。

増澤:その話で思い出したんだけど、照明さんは最初ちょっとふざけてネンちゃんに話かけていたんだよね。でも一日の作業が終わるたびに「終わったよ」とか「おつかれさま」って声をかけていくうちにそれが彼にとってのルーティンになっていったんです。ネンちゃんと「お疲れさまでした、明日もがんばりましょうね」という会話をしないことには一日が終わらないという。いま剣持が言っていた、位置づけされるってこういうことだと思うんです。

彼なんか最初はAIに対して非常に懐疑的だったんです。なのに千秋楽の日には俺がいちばんネンちゃんと仲がいいんだ、とか言ってて(笑)。


ーなんか、すごくほほえましいお話ですね

増澤:いや、本当に最初に剣持からLINEが来たときには想像もできないぐらい、いろんないいものをいただいたと思っていますよ。今回の取り組みを通じて、これからAIは擬人化するのではなくAIとして演劇の世界に参加するといいんじゃないかと感じましたね。そうすることで、旧態依然としたコンピュータ像、機械像から一歩抜け出すことができる。これまでとは違った世界観が作られるはず。そこにAIと人間が関わり合うことのリアルさが出てくるんじゃないかと期待しています。

ー剣持さんは演劇の世界でAIに何を期待しますか?

剣持:僕らの世界はアナログなので、上手く融合していけたらいいなあと思いますね。よく役者の仕事なんてそのうちなくなるよみたいな話がありますが、それはそれでいいと僕なんかは考えていて。

新しい技術がどんどん進んでいったとき、どうしても経済的なことばかりが優先されたり、あるいは戦争に使われるとか悲劇を生むことがすごく多いと思うんです。そうじゃなくて、今回のような形でものを作ったりコミュニケーションを取るとか、ポジティブなことで共生できる領域を見つけていくとすごくいいなあ、と。

ー最後に明渡さんから今回の試みで感じたことをお願いします

明渡:僕が劇場に足を運んだ日というのは、長い台詞に対してネンが「音声認識エラーです」と返した回だったんです。それを観て僕や開発チームのみんなは失敗だと思うわけです。この発言は成功か、失敗かで言ったら確かに失敗なんです。でも今日のお二人の話を聞いていると、AIとして何が正しいとかいう線引きってもしかするとないのかなと思いました。というのも役者さんも観客もネンの発言を「評価」するのではなく、この子は何をどう思ったのかという「解釈」で受け止めてくださっていたからです。これがいちばん大きな気付きでした。

AIをはじめ僕らのフィールドではともすれば技術力勝負になりがち。でもそういうのと全く関係なく人の輪の中で動かすことになったとき、そこに成功も失敗もなく人格としてネンを位置づけていく、みたいなことが少なくともあの空間では行われていました。舞台の上ではAIが未熟であるとか、成功失敗といった尺度はなかったんです。

今後の僕たちのサービスづくりにとって示唆の多い、収穫のある取り組みだったと思います。非常に多くのことを学ばせてもらったと思います。ありがとうございました。

増澤・剣持:こちらこそ、ありがとうございました。忘れられない旗揚げ公演になりました。

ー本日はありがとうございました!